QA?そりゃ何だ?(改版1)

『二十一世紀になっても徒弟制度』(下記参照)で触れたドイツのモータ制御システム専業メーカには、今の時代には、ないはずのものがあったり、あるはずのものがなかったりで驚かされることが多かった。不勉強を棚に上げての話しで恐縮だが、まさかドイツの名門と言われたコングロマリットのなかに徒弟制度が色濃く残っているとは想像できなかったし、営業トレーニングが、その考えすらないのを知った時には愕然とした。その会社で営業トレーニングをしようとすれば、今に至るドイツの会社の歴史や文化にまで入り込んだ話しから始めなければならない。営業が営業として、会社の看板を背負ったものとして営業できるようにするトレーニングには何年かかるか分からないし、何年かかってもできない可能性すらある。十年ほど後にオランダを代表する企業の営業トレーニングの内容を知ったときには、人も組織も企業という事業体も、結局は歴史と文化が具現化したものにすぎないことを再確認させられた。 現象として目の前にあるものを改善しようとすると、その現象を生み出している“もの”に、その“もの”を生み出している“もの“に。。。遡らざるを得なくなる。遡ると、そこにあるのが、たえと見え方が違っても歴史と文化に他ならないことに気がつく。
広島県にある某機械メーカの新聞輪転機の駆動系にモータ制御システムを準標準採用頂いていた。モータ制御装置は英語名からドライブと呼ばれる。交流(AC) モータを制御するドライブなのでACドライブに、巷ではそれをインバータと呼んでいる。
新聞輪転機は印刷機械類のなかでもかなり大型で、使用するモータも、それを駆動するインバータも大きなものになる。インバータは、最近のマンションではクローゼット(作り付け)が増えたため、見る機会が減ったが大きな洋箪笥くらいの大きさがある。重量もあってクレーンかフォークリフトを使わなければ持ち上がらない。ここまでの大きさのインバータになると、輪転機に取り付けるのも取り外すのも数人がかりで一日では終わらない。このインバータが輪転機に少なくとも四台は搭載される。
そのインバータが隔週くらいの頻度で焼ける。焼ける度に慌ててドイツ本社から交換品を取り寄せ、焼けたインバータを置き換える。そして置き換えたインバータがまた焼ける。ドイツ本社の担当技術者に問い合わせても焼ける原因の根幹のところは教えてもらえなかった。というより本当の原因はドイツ本社でも分かってなかったのだろうと想像していた。
担当技術者の話しから制御ファームウェアのバグ?が原因であることまでは分かった。ファームウェアのバグは、出先のサービス部隊では手がでない。バグ対策をした置換え品を送ってもらうしか解決方法がない。ドイツ本社から交換品を発送する度に今回送るものはバグ対策が完了しているから大丈夫と言われた。当初は、これでやっと解決すると期待したが、バク対策が完了したと言われたものが客先でまた焼ける、同じことを何度か繰り返えしているうちに客の堪忍袋の緒が切れた。大きなインバータを機械から外して、交換品を取り付ける。数人がかりで一週間を超える仕事になる。インバータ載せ替えの費用を払えと。
送らえてくるインバータのファームウェアのバージョンがほぼ毎週上がっていた。多いときには週に数回上がる。曲がりにも品質保証体制があるメーカでは考えられない。企業によって様々なやり方があるが、ファームウェアのリリースは、基本的にはソフトウェアの開発エンジニアリング部隊がファームウエアの開発をフリーズ(停止)して-その時点のファームウエアをリリース版として品質保証部隊のテスト=Quality Assuranceプロセスかける。
焼けたインバータくらいのシステムのファームウェアのQAプロセスには短くても数ヶ月はかかる。QAプロセスで要求仕様と開発仕様のズレや、機能や性能の欠陥、危険な点などがQA部隊から報告され、開発エンジニアリング部隊がファームウェアとハードウェアを修正する。そしてこの修正版がまた初めからQAプロセスにかけられる。途中からではない。全QAプロセス通してQA部隊が問題なし、出荷OKと判断するまでこの品質保証検証作業が続く。QA部隊のOKが出て、初めて製品が(社外に)リリース=販売される。製品の性格や企業の方針や責任感の違いによってQAに要する期間は異なるが、この一連のプロセスには短くて三ヶ月、フツー半年はかかる。
客から、いつになったらまともな交換品がでてくるのか?焼けたインバータのファームウェアのバージョンと届いた交換品のそれとの間に、半月ほどの間にバージョンが数回上がっているが、何が改善されたのか、しようとしているのか、バージョンアップの内容の報告を求められた。客の立場では要求して当然の内容ででしかいないが、事はもっと深刻だった。
社外にリリースしている−販売しているファームウェアのバージョンがそこまで頻繁に上がるということは、QAなしの緊急時にのみに許されるエンジニアリングパッチとしか考えられない。問題を引き起こしているであろうタスクのここだろうと思える箇所をちょこちょこっと手直しして、リンクして動いた、OK、出荷という緊急対応をあたかも正式リリースと考えているとしか思えない。
ちょっと込み入ったマルチタスクのソフトウェアになれば、問題と思われる箇所をちょっと手直しではすまない。ちょっと手直しが直接、間接に関係するタスクに影響を与える可能性がある。この可能性をチェックしようとすれば、三ヶ月、半年かけた全機能、性能の検証作業−QA作業が必要になる。
問題の根幹は単にインバータが焼けるという障害に留まりそうもないと思い担当エンジニアリング部隊にQAについて聞いた。ドイツ人特有- 広い世界を知らない田舎者の話のような、揺るがない自信に基づいた答えを聞いて終わった。
お前が言っているようなQAはないという以上に必要ないし、ありえようがない。ソフトウェアはそれを開発しているエンジニアが一番知っている。その知っているエンジニアが自分で開発したものを検証している。これ以上の検証方法はありっこないだろう。そこにはドイツの階層化した社会が横たわっていた。学士さまや修士さまの優秀なソフトウェア開発者が、まるで大学の研究かなにかのように業界ではかなり先端の?実験的な?製品を開発している。それを開発する能力のない者が−人のやったことの枝葉末節の粗探しかできない奴らが、検証するだと?何を馬鹿なことを言っている。そんなことをしたらあの滅茶苦茶なアメリカみたいになってしまうだろうが。
仰せごもっともと言いたいが、そこには品質管理体系という以前に、自分で作ってしまったミスは自分では見つけにくい。他の、第三者の目で確認した方がいいという、ごく自然な発想すらない。言い合う気にもなれない。
言い合うとなると、インバータが焼ける原因の原因、原因追求の体制と、そのありかた。。。、その先には、現在の社会構造の問題から、歴史に、文化にと遡った話にならざるをえない。もし相手が納得したとしても、その相手の上司から、その上司、同僚からその関係者まで説得して組織や体制−文化が変わるには数十年、数世代かかる。これはもう品質管理体制の確立や改善ではなく、それを可能にする社会認識や常識の話になる。
2015/2/18
p.s.
焼けたインバータの出荷台数は製造台数の確か四倍以上だった。障害を起こした製品を回収して、修理して、新品として出荷していた。米国企業ではありえない。詐欺になる。車と同じで一度販売された製品(新車登録されたら新車ではなくなるのと似ている)は、状況にかかわらず中古品として扱いサービス部品として使用していた。この点についてもドイツ本社に噛み付いたが相手をされなかった。今でも変わらないだろう。他のドイツの製造業の方々には申し訳ないが、畏敬の念さえもっていたドイツの工業製品、ちょっと買う気にはなれなくなってしまった。
<関連> 『二十一世紀になっても徒弟制度』