戦略へ

“戦略−自己定義から”の冒頭に「戦略は市場における自社や自分たちの現在のありようと将来のありようのギャップを埋める算段。」と書いた。“自己定義”で戦略をと言う前に自己定義の必要性を説明した。考える順序から言えば、まず自社と自分たちがある。これなしには何も始まらない。始める主体がいなければ始まりようがない。
では、主体がいて主体が始めれば始まるのかといえば、それもない。主体が働きかける社会、主体として注視する市場があってはじめて主体が主体たり得る。主体がなければ始めらないが、市場がなければ主体が主体足り得ない関係にある。ただ、主体があれば、広い世界のどこかに主体が主体たり得るニッチの市場を掘り起こすことも可能だろう。
主体が主体たりえるには、社会の一部−注視すべき市場の鏡のなかに写った自社や自分達の像−客観的景色の検証から始まる。自社の、自分たちがビジネスを営んでいる、ゆく主たる市場とその周辺の市場における自社と自分たちの理解から始まる。何らかの関係のある市場とその市場という生態系に棲息している、関与しているさまざまな利害関係企業や人たちの存在とその価値、自分たちの存在とその価値の相互関係を理解する。
その時々のある時の状況からだけでは自己を定義し得ない。全ての状況には経緯がある。現状をいかの詳細に分析し、理解し得たとしても経緯を知らなければ現状を理解できない。たとえば、今仮に、ここに何らかの経営指標があって、その現在値が五十だったとする。その指標が七十から五十になったのか、それとも三十から五十になったのかでは、同じ五十でも意味が違う。中には時間の経過に関係のない定数もあるが、ほとんどの事柄が時間の経過とともに変化する。今日時点での自社や自分たちの置かれている状況を知るためには、現在の状況に加えてそこに至った経緯も知らなければならない。
市場の変化を考慮に入れない状況理解には意味が無い。一例をあげる。売上が三年前に比べ十五パーセント伸びた、利益率が十五パーセントから十二パーセントに低下したというかつての自社と今の自社を比較しただけでは済まない。市場はどのように変化してきたのか、自社の市場に占める位置は。。。市場が三年間に二十パーセント成長していたとしたら、自社の十五パーセントの成長が成長と呼べない可能性の方が高い。
市場という生態系のなかで自社や自分たちの現状とその現状に至った経緯の理解に将来の市場と自社や自分達のありよう、すなわち変わってゆくであろう市場とその新しい市場において自社や自分たちはどうでなければならないのか、どうありたいのかという希望−将来の市場における自己を定義しなければならない。
ここから現在の自己(理解)と将来の自己定義の差が明確になる。将来のさまざまな市場という生態系におけるそれぞれの自社や自分たちのありようなので厳密性には欠ける。それでも、たとえば三年後のこれこれの視点から見たこの市場はこう変わってゆくだろう、こっちはこう変わって、あっちはああ変わって、できる限り覚めた目で予想して、その中での自社は、自分たちはこうありたいう希望。その希望と現状の差をできるかぎり明確に認識する必要がある。その明確になった差をどうのようにしたら埋めて行けるのか具体的に実行可能な方策を検討し決定する。この決定が戦略に他ならない。
自己定義がそこそこまともにできれば、後は具体的にどのようにして差=ギャップを埋めるかを突き詰めて考えるだけになる。差は現状の自社の、自分たちの能力だけで埋めなければならないわけではない。差を埋めることに最終目標を置き、目標を達成するために可能性のあるあらゆる手段を模索する。手段の中にはよくあるパートナシップを超えた企業合併や分社化もあるかもしれない。事業の売却による事業体の整理とそれによって得られ、投資に回せる資金の調達もあるかもしれない。垂直統合に向かうのか水平統合を目指すべきなのか、全ては自社と自分たちが置かれた状況と将来の自社と自分たちがどうあらざるをえないか、どうありたいかにかかっている。
経緯と現状は将来への足かせになる可能性がある。こうしてきたからこうしかない。ああしてきたからああしかないという思考の制限から一歩でなければならない。記憶に間違いがなければ、アメリカンエキスプレスはもともとはアメリカの運輸業として始まった会社だった。当時の現金輸送には危険が伴う。その危険を避けるために現金輸送から小切手を導入した。小切手であれば、身元確認とサインが一致しなければ現金化できない。貨物や私信、現金など輸送を業務としていたところで、自分達は何を運んでいるのかと自問した。その結果、自分達は“もの”を運んでいるのではなく、価値を運んでいる−自己定義を変更した。この自己定義の変更から今日の金融業としてのアメリカン・エキスプレスがある。
長きに渡って変わらないことに価値を見出してきた企業や組織も多いが、将来こうありたいと思う希望から生まれる自己定義の変更、その変更を即した社会の変化、その変化を受けた自分たちは一体なんなんだという自己の再定義が自社や自分たちだけでなく社会をも変えてゆく。変わった社会がまた企業に自己定義の変更を即す。この相互関係が社会全体の進化と進歩を生み出した。社会を構成する組織(企業)や人たちの自己定義の変化が社会を変えてゆく。
2013/11/17

【参考】
シーアイ=自己定義