帰国子女とワーク・ライフ・バランス

米国系コングロマリットの形ながらの厚生姿勢とそれを自分のために利用しようとする人たちの言動が好きになれなかった。管理部門から降りてくる話を額面で受け取れば、従業員の生活や福利厚生を最重要視しているように見える。ちょっと考えれば分かりそうなものなのだが、それは従業員に対する表向きに過ぎない。目的は利益の最大化であり、従業員の生活向上にあるわけではない。順法に神経質なくらい気を配った優良企業に見えるが、法に抵触した場合のコストを計りにかけてのことで利益にためにはなんでもありだった。
米国流の労働環境を提供する(形ながらの)姿勢もあって女性従業員の割合が高かった。既婚者や子育てに忙しい女性も多くワーク・ライフ・バランスがよく話題になった。働くお母さん方(差別用語でないと思うのだが)、これからそうなるであろう女性には最大関心事の一つなのだろう。
米国本社から来日したエライ(女性)さんの話が終わってフリーディスカッションになったとたん、待ってましたとばかりに帰国子女としか思えない流暢な英語でワーク・ライフ・バランスをどのようにマネージメントしているのか、しなければならなのか、社として。。。話題はこれしかないのかという状態になる。彼女らの視野には、半分以上の出席者が男性従業員であること、その男性従業員も女性従業員と同じように仕事と私生活の兼ね合いではそれなりに難しい思いもしているし、多くの男性従業員の方が仕事という面では女性従業員以上に負荷を背負っていること−みんなが分かっていること−が入らない。それを当たり前と思うか、それを男性従業員が家庭を犠牲にすることによって成り立っている男性中心の社会の悪しき習慣であると切り捨てて、女性視点の話をしてゆけば社会も会社もよくなるはずとでも思い込んでいる姿勢と帰国子女にしかない流暢な英語がそこに居合わせた女性社員も含めた人たちの顰蹙をかう。
彼女らの視座にはまず自分から見た私生活があり、その先に労働、その労働の場として企業とそのなかに自分が所属している組織がある。自分とは立場も違えば志向や嗜好も、生き様も違う人がいることは考えにない。自分の生活が社会の中心−標準にあって、社会も会社もその標準的な生活を保障する責任があるという、正面きって言われれば従業員の生活を第一に考えていると公言している会社としては反論しがたい。
別稿『家に帰って勉強しろ』で触れたが、そもそも私生活を完全に仕事から切り離すことが可能なのか。仕事の内容にもよるとは思うが、職業人としてそれなりの立場でそれなりの責任ある仕事をしようと、将来的にもしようと思えば、自分の時間とコストで自分の能力の向上に努めなければならない。自らを勝ち組と思い、流暢な英語でライフ・ワーク・バランスを話題にする女性従業員の方々、この程度のことは十分理解されていると思うのが。
私生活を、家庭を大事にする。男女に限らず当たり前のことだろう。家庭がゴタゴタすれば必ず仕事にもよくない影響がでる。しかし私生活の、家庭生活のいくらかを自分の将来のために使う−投資しなければ将来の仕事にかかわる。特別な立場や所得を願ってのことでなくても仕事を通した経験、そこから得た知識だけでは職業人としての将来には限界がある。
男性社員が私生活を、家庭生活を犠牲にしてまで自身の能力を向上し、その向上した能力で組織に会社に最大限の貢献をし続けたら、そして彼の同僚の女性社員が私生活と家庭生活を優先すれば、仕事では男性社員におよばない。そしてその差が年を追うごとに広がって行く可能性が高かったら、どちらの社員を先に登用すべきか、論を待たない。女性社員からは、その男性社員は専業主婦の奥さんの支援も得ての競争だから不公平だという声がでてくる。
人間誰もが何らかのハンディを、多いか少ないかはあっても背負っている。国際結婚の親を持ち海外生活も長い人は外国語をも母国語としたバイリンガルとしての強みがある。苦学の末にそれなりの英語の能力を身に付けた人もいる。その人がバイリンガルの同僚と比較されるのは不公平だという。確かに不公平だろう。伴侶の収入をなくして経済的には質素な生活にしてでも男性社員の能力を向上させてようとしている家庭とダブルインカムと私生活を最優先している女性社員が言う不公平。人によって意見は違うだろうが、バイリンガルの不公平の方がよほど不公平だろう。それは環境から自然に得たもので個人の努力によるものではない。方や専業主婦が男性社員を支援するのは個人の努力によって生じる能力の差。帰国子女の流暢な英語でこちらの方が不公平と主張したとして誰か納得する人がいるとは思えない。
ダブルインカムで豊な私生活を優先する人たちと、シングルインカムで質素な生活をしながら能力を向上するために私生活まで犠牲にして職業人としての在り方を追求している人たち。社会として会社としてどちらを高く評価すべきか。ワーク・ライフ・バランスという前に人としてのありようの問題になる。
2015/2/1